「生きぬく」だなんて大袈裟だ、と思いますか?
人生を楽しむことは結果、それを目的にしたら苦しくないですか?
田舎暮らしや移住を考えたことはありますか?
33年前、先輩移住者に「都会の垢を捨てて来なさい」と言われました。
都会の垢とは都会で暮らす上での大事な価値観のことです。
だからもし屋久島に移住したいと考えている人がいたら
わたしも同じことを言うでしょう。
そしてこう付け足します。
「仕事がないから暮らせない」「お金がないから老後が心配」という価値観を
「仕事はつくるもの」「お金がなくても他人と協力して幸せに暮らせる」
と変えてくれる程にこの島は懐が深いんです、と。
このサイトを開いた理由
2020年3月からのコロナ騒動でプチ引きこもり生活のさなか、テレビやネットからの情報に不安がどんどん膨らんできて「一体全体この状況をどう捉えたらいいのか、わたしの今生の命はこのまましゅるしゅると消えていくのか」という焦りにも似た気持ちが湧き上がってきた。
女も頑張れば社会で認められるようになるという価値観を、体感覚にインプットしたわたしたち世代(1950年代生まれ)は、いつも何かと闘っていることや頑張っていることこそが、人生を充実させることにつながると思ってやってきた。
女でもちゃんと自分の意見を持ち、どんな場面でも臆することなくそれを表明できる、そんな人間になりたいと子どもの頃から思っていた。
結局、それなりに刺激的ではあったが、あっちへぶつかり、こっちで転んで、そっちでへこんで、とっちらかった。
でも人生の時間というのは、いつまでもそんなやりかたを許してくれるものではなかった。年齢を重ね、体力も気力も衰えてきた。
これからのテーマとして『美魔女路線』も悪くないのだが人には向き不向きがある。
そこでわたしは『省エネ人生』を生きようと、なんとなく決めた。
半開きの目で世の中を見て、常に穏やかなこころで、静かに話す。
それがわたしの考える『省エネ人生』である。
ところがそこへ今般のコロナ騒動だ。
半開きの目にも「ヤバさ」は見えるし、正体のわからないウイルスよりも人々の振る舞いにこころは波立つし、静かに話そうと思ってもついつい力が入ってしまう。
その気持ちを静めようと、いつも以上に本を、貪るように読んだ。
特に「あの人の言葉にまた会いたい」「思索を深める言葉が欲しい」と思って手に取ったのは、屋久島の先輩移住者の著作だったり、芝居を書くときに調べた歴史資料だったり、経済や産業、そして心理学についての本だった。
読書の断捨離だけは無理なのだ。
そしてそこは今は亡き人々の懐かしい声と笑顔があり、過去のわたしと現在のわたしが出会う場所でもあった。
そのうち、備忘録ではないけれど、先人の残した言葉や仕事をどこかに記録しておかねばという思いに至った。
そこで以前からの懸案事項で、お手上げ状態で棚上げにしていたホームページを作る作業に手をつけようという気になった。
端から業者に頼むお金もないので、わかる人に骨組みだけを作ってもらって、その後は聞きながらボチボチやればいいかと構えていたのだけれど、サーバ契約をし、ドメインを取ってから1年間も放置していたのだ。
だけど今回は、自分で作ってみるのはどうだろう、と思い立った。
ガラ携からスマホに替えておよそ2年、その操作にようやく慣れてきたばかりのわたしにとっては無謀なことかもしれないが、そこはいつものように「できるかできないか」ではなく「やりたいかやりたくないか」で決めた。
もちろん、当然、当たり前に、すんなりサクサクと進むわけはなかった。
しかしWordPressのサイトやGoogle検索をすると、たくさんの人が本当に親切に色々教えてくれていた。
お陰様でひとつきかけて、とりあえず基本となるホームページをつくり上げた。
ところが、最後のサーバへのアップで致命的な失敗をし、ホームページも、データも全てどこかへ行方をくらましてしまった。
まあ、そんなことも含めてではあるが、作業をしているうちに思わぬ効用があることに気がついた。
それは何かと言うと、とっちらかった自分の頭の中が自然と片づき始めたということだった。
なぜわたしはコロナ自粛の時に「得体の知れぬ不安」に駆られながらも一方では「この島に住んでいてたすかった」と感じたのか。
またこの島に住んでいることの幸せは、お金がなくてもこれからの不安があっても変わりはしない、果たしてそれはなぜなのか、等についてである。
それはただ単に身近に自然があるということだけではなかった。
そして今見えてきたのは、それを屋久島の精神文化という面から考える道だ。
この道の上にある先人達の言葉や仕事、歴史の中で屋久島がどのように振舞って来たのかなどの宝をひとつひとつ記録し、誰もがアクセスできる場所に収めることで、見知らぬ誰かの苦しさを軽減するたすけになるかもしれない、もしそうであるならとても嬉しいことだ。
妙齢の女性(おばちゃん)でも「マイ・ホームページ」を作り「共に生きぬこう」というメッセージを発する、そんな試みのサイトです、ここは。